亀治郎七変化
 
登場人物紹介
     
  頼政挙兵の一因ともなった、嫡子仲綱の愛馬「木の下」の挿話と、重盛に対比しての愚昧な宗盛の人格が浮き彫りにされる挿話の登場人物を、賈鵬芳(ジャー・パンファン)の二胡の音楽を背景に、“言葉は古典”、“感情はまったくの現代人”という自らの演出により市川亀治郎が1人7役のキャラクターを演じ分ける。  
     
 
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  競  
     
 
瀧口の武者 剛勇無双で眉目秀麗  

 平治の乱に、あえて一門の源義朝と袂を分かって平清盛の側に従った頼政。清和源氏のうち、都にあって宮廷守護の任に当たる摂津源氏の京侍、和歌にも秀で、高齢になってからとは言え、とにかく三位にも昇った。対する河内源氏の義朝は、院にも目をかけられながら、祖父義家にならって東国に力を持つ武人。保元の乱後の除目に、平家の清盛に比べて軽く扱われたことを根に持っていた。後白河院の寵愛を笠に着る不覚仁、藤原信頼が、これも院の寵愛を得る信西に対抗して平治の乱を起こす。義朝が、この信頼に抱き込まれ源氏を破滅に追い込むことになるのだが、宮廷社会に精通する頼政はあえて義朝には距離をとり、清盛と行動を共にして生き残った。しかし重盛の亡き後、清盛がクーデターを起こして太政大臣以下43人の公卿を追放し、法皇を鳥羽離宮に幽閉するなど、専横をきわめる。頼政は反発、後白河法皇の皇子でありながら、平家のために王位に就けない高倉宮以仁王をかたらって三井寺に謀叛をおこしたのであった。原典『平家物語』では、平家に背く、はじめての本格的な集団戦。王の身を守ることに気を奪われた頼政や仲綱は、気性を知り尽くす郎等、渡辺党の競に声をかけるのをうっかり忘れていた。この渡辺党は嵯峨源氏で融・綱など一字名を名のった。かねて、その武芸が平家の目にとまっていた競。重盛の亡き後、平家棟梁の座にありながら暗愚の悪名高い宗盛は、これ幸いと誘いをかけ、首尾よく平家専従の家来にしたと思った。しかし競の、頼政・仲綱父子に寄せる本音は変わらない。かねて仲綱が、一頭の愛馬・木下を強引な宗盛に奪われる。しかも宗盛は木下に「仲綱」の焼き印を捺して愚弄したのだった。頼政らが平家に背くきっかけにもなったのだが、このことを記憶していた競は、宗盛から、その愛馬、煖廷を乞い受ける。見事、宗盛の裏を掻いて、三井寺の頼政軍に馳せ参り、その煖廷を仲綱に献上する。喜ぶ仲綱は、かねての仕返しに、この馬に「宗盛」の焼き印を押して送り返し宗盛を地団駄踏んで口惜しがらせた。反乱は時期尚早、頼政ら宮方の敗北におわるのだが、結果的には、重盛の亡き後、この愚かな宗盛が平家を滅亡へと追い込んでゆく。そのきっかけをなした頼政の謀叛であった。頼政父子を支えた一人の京侍が競であった。勝敗や、その結果がどうなるかを知るすべもない、利害抜きに頼政父子に仕えた競。競を主役とする〈競〉の話は、この場に登場する人々の外に、回想的に重盛や後白河法皇をも登場させる。原典を、ハウススタジオで、賈鵬芳の二胡を伴奏に、和服でソファーに座る市川亀治郎が語りつつ、7人の登場人物の頼政や競らをスーツ、ネクタイ姿で白のホリゾントに浮かび上がる形で撮り、特に愚かな宗盛1人がカジュアルツーピースにスカーフというラフなスタイル、しかも手書きのなまず髭まで付けるというカリカチュア化された、その動きが、黒バックの中に動く。全体が現代風にコメディー・タッチで笑いを誘う。すべて亀治郎1人が役割を代えながら、パントマイムで7人を演じ分けるから驚きである。この企画で初めての演出である。これから後、どのような実験が試みられるのか、楽しみである。

 
絵巻一
 
絵巻二
『平家物語巻』第四「競」 (財)林原美術館蔵
 
     
 
 
     
   
     
 
 
 賈鵬芳[ジャー・パンファン] 二胡奏者。群を抜く音色の強さと表現力は多方面で注目され、多様なジャンルのミュージシャンとの共演やアルバム制作、映画、CM音楽、テレビなどに参加。二胡の表現の幅を広げて多くの人々に安らぎと励ましを送り続ける。